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ログイン中:二階堂 玲
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第一回「神の子」顕現に関する報告

1999年 7月 8日
 導師長 天谷 貴一

1. 計画
本計画は、我が教団の悲願である「世界の再構築」の礎となる「神の子」の顕現を目的とするものである。 「叡視」になる母の器は平成9年、暁晃山本部にて保護した。
教義に基づき、叡視は導師・海棠 孝(かいどう こう)との交わりを経て、「神の子」の受胎に至る。

2. 実行経緯
母体となった叡視(18歳)は若年であり、子宮及び骨盤等の身体的未発達が見られたため計画は難産となった。 母子の安全を最優先とし、外部協力者である、流代山診療所より医師を招集。 秘匿性を重んじ、限られた人数ではあったが万全の体制で顕現に臨んだ。

3. 結果
遺憾ながら神の子の顕現は成就しなかった。 父親である導師・海棠は、深い悲しみのうちにも気丈に振る舞い、「父としての最後の努めを果たしたい」と自ら申し出、教義に則り亡骸の火葬を執り行った。

4. 第二回顕現に向けた課題
今回の結果は、ひとえに我々が「神の子」の顕現を急ぐあまり、母体である叡視の成熟を待たなかったことに起因する。 次回の計画においては、母体の心身の成熟に最低3年の期間を設け、万全を期すものとする。